関東大地震・関東大震災


関東大震災の死者・不明、10万5千人 80年ぶり改訂
 82年前の1923年9月1日に起きた関東大震災による死者・行方不明者「14万2千余」を、最新の研究で「10万5千余」に修正する説が学界に定着。理科年表(丸善発行)も、06年版で関東大震災の項目を80年ぶりに改訂することになった。引用される機会の多い理科年表の改訂で、この数字が一般にも普及しそうだ。
 理科年表の地震のページを監修する纐纈一起(こうけつ・かずき)東京大学地震研究所教授によると、同時に「家屋全半潰(壊)25万4千余」を「住家全潰10万9千余、半潰10万2千余」に、「焼失44万7千余」を「焼失21万2千余(全半潰後の焼失を含む)」に改める。
被害については下方修正される見込みだが、今までの数値で

  • 基本データ
    • 発生 1923年(大正12年)9月1日 11時58分
    • 死者: 105,385人
    • 行方不明者: 約14万2千8百人
    • 避難人数: 190万人以上
    • 倒壊または焼失した建物: 57万棟
  • 人口
    • 内地の総人口 58,119千 (統計局)
    • 内地の朝鮮人 80,415 (民潭)
  • 地域の人口
    • 東京神奈川の人口 5,213.3千 (東京3,859.4千、神奈川1,353.9千 統計局)
    • 東京神奈川の朝鮮人 16,000 (東京12,000〜13,000、神奈川3000 資料不明の推定値)
  • 被害程度の検証
    • 行方不明 142,800(東京107,500、神奈川33,000、他県2,300) : 朝鮮人の行方不明(想定) 197(全国比による) 440(東京神奈川の人口比による)
    • 死者 105,385 : 朝鮮人の死者(推定) 146(全国比による) 330(東京神奈川の人口比による)


とりあえず朝鮮人も、少なく見積もっても150人から300人ほどが地震での家屋倒壊やその後の火災で死亡したと考えられる。
人的被害が地域として大きかったのは火災の広まった東京東部や横浜で、東京神奈川全域で平均して被害が出たわけではないということ。500万からの地域人口に対して避難が200万に満たないわけだから。朝鮮人の居る場所は内地人より偏在していて、被災地で人口比が高めだったとすれば、もう少し大きな数字になると思う。
今年は『朝鮮人虐殺』関連の報道をみかけなかったのがちょっと不思議。『虐殺』の被害者として出てる数字と地震の被害者は別カウントなのかどうかが分からないのよね。


『鮮人らしい怪しい男が浄水池に毒を?投げ込んだと豊岡町民大騒ぎ』 神戸新聞 1922/8/20 〔7/7〕 豊岡・兵庫 【社会】
こういうこともあって、震災時に『朝鮮人が井戸に毒を入れた』という言説には下支えがあった。もっとも、この騒ぎでも、実際に入れたかどうか、毒物を持っていたのかどうかは不明だが。