http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/y/02/

リンクを1周して荒川が観客席に近寄り、日の丸を手にしたと思われたとき、NHKの中継画像はハイライトシーンのビデオに切り替わってしまった。15分ほど、そうしたビデオが流されたあと、荒川選手のインタビューが流された。

中継予定によれば、表彰式終了後、「会場の雰囲気」1分、「ビデオのハイライトシーン」1分、「会場全景」30秒となっており、ほぼこの通りに進行した。荒川が観客席に近寄ったところで、最初の「会場の雰囲気」1分が終わってしまい、「ハイライトシーン」に切り替わったのだ。切り替えたのはNHKではなくTOBOであった。

ん、1分+1分+30秒=15分?

JCは、1台だけ独自中継カメラの持ち込みを認められていたが、これは、荒川の第一声を伝えようとインタビューエリアに置いていた。リンク脇にはNHKのニュース取材用カメラが1台配置されており、これが日の丸ウイニングランをかろうじて撮影、昼のニュースで報じた。

この「独自中継カメラ」で生中継できなかったのはなんだろう。


詳細はこのへんかhttp://www.hanasan.net/xoops/modules/wordpress/index.php?p=204
国際映像が終了することは事前に分かっていたわけで、そのあと放送を止めずに独自中継に切り替える用意をしていなかったとしたら不手際でしょう。だから、それを批判すべきなんではないでしょうか。

天井や氷上など、これも収録していた国際映像をつなぎで流さざるを得なかった。

なにか意味あるのか、天井。中継終了時に天井を写して「終了」の文字を出すのはNHKが好きな手法だけど。
国際映像が終わった頃にはウィニングランも終わっていたとするなら、国際映像のためにそのシーンを生中継で流せなかったのは理解できますが。すぐにTBSに切り替えたから何だけど、そっちでは「途中で他の取材に捕まるのでインタビューエリアになかなか来れないようです」と言いながら必死で写そうとしてましたな。


一般の人に分かる事実は、「ウィニングランを放送しなかった」という点であって、背景までは知りようがないから想像するしかない。事実を踏まえて批判しようとすると、その「放送しなかった」という点だけが対象になる。その背景を持ち出すには、誰かが掘り起こさないといけない。だからこそ事実を追おうとする人が必要なんじゃないか。
とはいえ、理由を外部の組織に投げるのは公器たるNHKとしてもジャーナリストとしても無責任な対応でしかないと思うけど。この話、ブログで注目されなかったら、追求されなかったんだろうから。結果として良かったんじゃないか。NHKの力はそれほどたいしたものではないという程度が見えて。
全ての人が60点の合格点を取れるものではなくて、0点から100点まで広く存在するのが社会でしょう。それとも、全ての人がオールマイティーになって全てにおいて合格点を取れることを目指しますか。
よく知らない・分からないコトなら批判するななどと言ってしまったら、誰も発言できなくなりますよ。世の中の批判・疑問を拾い上げて掘り下げるのがジャーナリストの一つの仕事でしょう。ネットによって見える場所に出てきたから拾えたのでしょうが、それ以前の環境でこうした一般の人たちの「声」を拾えたでしょうか。


最初に戻って

 ブログはいわゆる「ネット・オタク」に占領されているのではないか。これを大人の世界にも通用するレベルに持ち上げないといけない。そのための方策を考えないと、成熟したネット社会は到来しない。

「オタク」の指向性と「大人の世界」の指向性は逆方向ではなく、近くて別方向のベクトル。あえて言うなら、オタクは子供のような論理展開を持っていて、大人の社会で通用する論理展開とは異なるとでも言うべきか。
ネット・オタク」をどう定義してるのか分からないが、この件で反応してたのは、大勢に流されやすい、与えられた世界を自分の世界と認識して自己世界を構築できてない、そういう人じゃないかな。オタクとは非難すべきものという認識で凝り固まってませんか、もしくは非難する対象をオタクと呼べば無条件に共感を得られると思ってませんか。